「同志社と米沢」ー支部総会に合わせ講演会
市立米沢図書館の青木副館長が講演
2024年度の山形県支部総会は9月7日、米沢市を会場に開かれました。米沢は新島襄・八重夫妻との縁が深く、2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」でもその一端が描かれました。
山形県支部は当時、パネル展や本井康博神学部教授の講演会など多彩な企画で「同志社」を発信しましたが、今回も11年ぶりの米沢での総会に合わせて、市立米沢図書館の青木昭博副館長に講師をお願いし「米沢と同志社~『八重の桜』で分かった深い関係」と題した講演会を開催しました。
米沢図書館には上杉藩などの膨大な歴史資料が残っています。青木副館長は、そうした史料を基に▽襄は米沢を2度訪問、文化・風俗などを詳細に書き残した。米沢に知人も多く、襄の最期に立ち会った主治医も米沢出身▽八重は戊辰戦争後の1年近くを母親ら女性の家族とともに米沢で暮らした。八重が米沢から迎えた養女・初子は襄の弟子で同志社校長心得の広津友信と結婚。初子の弟は八重の遺産管理人を務めるなど、姉弟で八重の晩年を支えた―と、「米沢と新島夫妻の関係」を解説してくれました。
西岡副学長が150周年事業を説明 また西岡徹副学長は、「創立150周年に向けて同志社大学の目指すもの」と題して講演し、2025年の150周年に関連する各種事業について説明しました。
山形新聞でも紹介 こうした内容は、翌日の山形新聞で紹介され、山形県内に同志社の歴史と現在について伝えてくれました。詳細はこちらへ=山形新聞の記事
新島先生も泊まった宿で懇親会 講演会と総会は九里廣志支部長が校長を務める九里学園高校で開催し、新島襄が明治15年に18泊もした白布温泉の東屋旅館に移動して懇親会となりました。建物は建て替えられたが、襄も入ったであろう風呂はそのまま残り、参加者は当時の情景に思いをはせながら語り合っていました。